作者のページに戻る




Before Act
-Aselia The Eternal-

幕間 ラキオス
12:00 - 15:00



 07:00 P.M.-


「ネウラとお父さん遅いなぁ〜…」

セリアは窓から覗く赤い明かりの残滓を眺めながら呟いた。
既に辺りは夜へと世界を変え終えているため、バトリ家と同じ様に周囲の家からも灯火の明かりが煌々と煌いている。
家の壁や屋根から突き出ている煙突からは白い煙が立ち昇っており、夕食の仕度にかかっている事を誇示していた。

「そのうち戻ってくるでしょうから、その前にご飯の仕度をしておくのはどうです?」

「あっ、それいいかも〜!」

リアナの案にセリアが名案とばかりに賛同する。

「みんなで一緒に作って二人を驚かせるのなんかよくない〜?」

「…それはあんまし効果ないと思うわよ。特にあいつなんか眉一つ動かさないでしょうし」

「ええー、そうなの〜? …まぁ、確かに豪勢な料理を作って驚いてるネウラは想像できないな〜」

出会ってこの方、セリアはレイヴンが笑っている姿を見た記憶がほとんどない。
つまり、見た事ない=常時笑う事がないのである。

「あたしはどちらかというとセリアの父親が感激のあまりにセリアを抱き締めて嬉しくて号泣する姿の方が思い浮かぶ」

「すりすりのじょりじょり? おひげ痛い?」

「うう…、ほんとだ。なんか今にも抱き締められて頬ずりされてそうな――

ああ…! お父さん髭が、髭がジョリジョリって〜〜〜〜?!!」

「セリア落ち着いて。今はまだ居ないから、まだ帰ってきてないから!」

少し混乱をきたしたセリアをシルスが宥めに入る。
その様子にリアナは少し思案し、誰にともなく一人頷いた。

「セリアはシルスに任して…フィリス。ご飯のお手伝い、お願いですよ?」

「はーい」

そう言ってリアナは部屋の奥にある台所へとフィリスを伴って向かった。

 07:11 P.M.-

「臭いは先ほどの食べ物の肉の匂いで掻き消えてますが、今度は美味しそうな肉の臭いが体全体に満遍なく香ってくる〜」

「これぐらいはしておておけば悟られにくい。本当はまだまだ時間をかけて浴び続ける方が効率的ではあった。
だが日が沈む前に帰還する必要があったのでこれが最大の防臭効果だ」

「…ただ単に臭いの上書きをしたに過ぎないのでは?」

「防臭効果というのは特定の臭いの相殺や範囲のある臭いの消臭、そしてその言葉の通りに防臭効果のための臭いもある。
上書きだけでも性質的に防臭効果のための効果となる」

「そうですか。それよりも、夕ご飯はどうしましょうか…」

辺りが薄暗くなった橋を渡りながら、ウィリアムは考える。

「いつもはどうしている?」

「私が仕事で忙しい時はシリアと二人でセリアはご飯を食べていたんですけど、今はもっぱら一人でして――」

「自分で料理を?」

「セリアは手先が器用な子ですから簡単な物は自分で色々と工夫していんですよ、凄いでしょう!!」

娘の話にテンションがぐんぐん上がっていくウィリアム。
歩きながらずいずいと顔が迫ってくるが、レイヴンは無視する。

「つまり家には常時簡単なご飯が作れるように材料が置いてあるんだな」

「ええ、そうです。でも量そのものはそう多くは無いので大勢の人数分の料理となると――」

「今の時間帯でやっている店は酒場くらいだけが開いているか?」

「私はあまりお酒を飲みに出かけるよりもセリアと戯れるのが一番でして、あまり詳しい事はわからないんですが、おそらくそうです」

「ではそこでつまみくらいの物を見繕って買っていく」

「他に何か店がやっていましたら、そこでも買うのはどうでしょう?」

「やっているのなら、それに越した事は無い」

 07:25 P.M.-

「シルスー。そこの赤塩を取って貰えますー?」

「これ? セリア、これなの?」

「そうだよ〜。あ、フィリス。そのスープにはアカスクをほんの数滴垂らすとのがいいんだよ〜」

「そうなのー?」

「そうなの。本当は大人用の味付けなんだけど、それのお子ちゃま用に分量を減らすことでわたしたちでも飲めるスープに出来るの〜」

「うにっ」

「リクェムはどう調理する」

「「うっ?!」」

「――そうですねぇ…そのまま生を茹でてサラダに盛り付けしましょう」

「「はぅっ?!!」」

「――いっそのこと、このまま生でいっちゃう?」

「「(あうあうあう!)」」

「はいはいはい! ちゃんと美味しく食べれるようにするからフィリスもセリアも周りをうろつかない!」

「いや〜、今の時期のリクェムはなんか味がわたしに合わないんだよね〜。
そんなことよりもね、みんな料理が上手なんだね〜。わたしよりとってもうまいよ」

ここに来て始めて調理をする手をとめるスピリット三人。
皆の予想外の反応にセリアは小首を傾げる。

「どうかしたの?」

「…何でもないです」

「何でもないわ」

「リクェムはおいしい〜…」

「???」

フィリスともどの再び調理を再開しだす三人にセリアは違和感を拭い切れない。
と、ここで玄関から物音が――

「あれ? 帰ってきたのかな?」

セリアは玄関へと向かい、確かめてみるも扉は閉まっていた。

「気のせいかな〜?」

「――せーりーあー♪」

セリアの背後から抱きつく物体。

「うにゃ?!――あっ、お母さん!?」

後ろに顔を向けると、そこにはセリアの大人版の女性がセリアに抱きついていた。

「はーい。セリアのお母さんでーす♪」

セリアの無邪気さをそのままに、セリアの母である美しい女性――シリア・バトリがそこにはいた。

 07:44 P.M.-

「ご注文は?」

「つまみ関係そちらで適当に。それを数人分で持ち帰りに。手間賃も多少払う」

「何か飲んでいかないんかい? 年明け早々戦争なんかしちまってたからよくない雰囲気をかっ飛ばすいい奴があるんだぞ?」

「…なら、あそこの小瓶の酒を一瓶買おう。それでいいか?」

「へい、どうも!」

率先して酒場へと入ったレイヴンは中の大騒ぎを一弁することなく店のカウンターの店主と応対。
ウィリアムはレイヴンの影に隠れるように後をつけていた。

「あんちゃんは見ねぇ顔だけど、イースペリアから来た流れ者かい?」

「違うが、似たようなものだ」

袋に詰め込まれた食べ物と酒瓶を手渡され、硬貨を使わずに紙幣数枚を手渡す。
予想以上の大胆な支払い方に店主は目を点にする。

「おお、これならもう少し良い物を追加してあげなきゃですかね」

「必要ない。邪魔したな」

「へい! また来てくださいな!」

目でウィリアムを促し、ウィリアムを先頭にして店を出ようとする。
と、そこに通り道を塞ぐ複数の男たちが立ち塞がった。。

「待ちな兄ちゃん。随分といい払いっぷりだったぜ。その金を俺たちにも恵んでくれないかねぇ?」

「ほんのちぃっとでいいんだよ。ここにいる全員がかる〜く飲めるだけのよ、な?」

既にかなり飲んでいたのか、彼らの吐く息は酒の臭いが濃厚であった。
間に挟まれるような状況になっているウィリアムはおろおろ。逆にレイヴンは道を塞ぐ相手を静かに見ているだけ。

「断る。既にかなり飲んでいるならば、もう家に帰って寝るのが好ましい」

「いやそれがさぁ、俺って酒をたっぷり飲まないと眠れない体質でな。あと少しだけ欲しいのよ」

「ならば改善するいい機会かも知れんぞ」

「そう言わずに、な?」

どうしてもさらに酒が飲みたいらしく、レイヴンに詰め寄って来る。
周囲は傍観をする者と、目の前の男に賛同する者たちが応援していた。

「――ならば、これならどうだ?」

そこでレイヴンは“とある提案”をした。

 07:50 P.M.-

「ごめんねぇ〜セリア。しばらく留守にしちゃって」

「ううん、大丈夫だったよ〜。ご飯も一人でちゃんと作れるし」

「う〜ん! セリアは偉いね」

シリアは玄関先でセリアを抱擁し、今も食事の準備をするセリアの一挙手一投足をうっとり眺めている。

「それにネウラさんのお連れさんのスピリットもよく出来てるね。盛り付け方も丁寧さで綺麗だし」

「ありがとうございます」

「えっへん!(胸を張る)」

「…それはどうも」

セリアと一緒に仕度をしているシルスたちにもにこにこと笑顔で賞賛する。
一人シルスだけ困惑の表情でお礼を言っていた。

『どうしたんです、シルス?』

ちょっと様子が変なシルスにリアナが小声で尋ねる。

『いや、ね? どうしてレイヴンの周囲に集まる人間はこうもあたしたちを見る目が違うのかなって。
他の人間はあからさまに避けるじゃない? なのに…』

『…そうですね。でも、レイヴンが選んだ人たちなんですから、それほど嫌える方々にはならないと思いますよ。
心配なら、直接話してもいいのでは?』

『…別にいいわよ。話さなくとも別に問題はないし――』

「なーにをひそひそと話してるのかな?」

「うわっ?!」

部屋の隅で呟くように話すシルスとリアナにシリアが興味深そうに首を出してきた。

「えっと、その、別に何でもないですよ、本当に」

「あ、私が君たちスピリットにこうして話しているのが不思議がってるのかな?

――確かにスピリットって聞くとあんまり近づき辛い子たちだけど、君たちはセリアのお友達でしょ?」

「「――えっ…?」」

屈託無く言われた言葉にシルスとかくものリアナも絶句。そして両者の頭に置かれる小さな掌。

「セリアがお友達に選んだ相手が少し変でも、みんな良い子だからね♪」

慈愛に満ちた顔に二人は見惚れてしまう。
そんな彼女たちの様子も知らず、セリアは脹れて近づいてくる。

「お母さん〜! 恥かしい台詞言わないの〜!」

「ええー。いいじゃない、ちょっとくらい〜」

「そんなことよりも、お母さんどうして今帰ってきたの? もうお父さんと仲直り――」

「あの人のことなんか知りませんっ」

「…あー、まだなんだ〜」

きっぱりと宣言をするシリアにセリアは呆れた溜め息を吐いた。

 07:59 P.M.-

「いやー。あんちゃん凄いねぇ」

酒場の店主がレイヴンを賞賛する。

「今までの代金はあいつら請求で」

「あいよ。先に吹っかけといて負けたんだもんな。当然だな」

先ほどまでの喧騒は既に消え失せ、存在するのは地獄絵図を思わせる床に寝転んでうめき転がっている屍たち。
ウィリアムはその傍らで化け物を見るかのような視線でレイヴンを見ている。

「――どこにそんなに入る胃袋を収納しているんですか…?」

「時たまいるんだよね、こういう男ってのはよ。
極端に飲める奴はどんなに飲み勝負を挑もうとも決して負けることはねぇ、複数の人数でも同じだ。
――まぁ、酒場の男どもを全員の地に伏せさせたのは明らかに驚愕に値するけどな」

初めにつっかかっていた男は一番最初に酒瓶を丸ごと一本飲みで速攻で倒れ伏した。
レイヴンが流し込むようなあまりにも早い飲みっぷりに焦ったのである。
そしてレイヴンのその所業に我はと思った男たちは結局勝てる者も居らず、全員斬りとなった。

「さて、と。こうなっちゃあ、もう今日は店仕舞いかねー。これ、余りもののつまみ肉だが持って行きな」

「頂こう」

「次に来るようなことがあれば、他にも色々とやってっから来て見てくれ。んじゃな!」

今度こそ店を出て行くレイヴンとウィリアム。ウィリアムは店を出る直前で店主にお辞儀をしてから外へと出て行った。

「さて、と。んじゃお荷物たちを宿の中に連れ込みますか」

それから店主は屍たちを引き摺って店の奥へと連れ込み始めた…。
この店は宿屋も完備しており、酔い潰れた男客を強制連行して宿賃を頂いて儲けているという裏の家業も備えていたのである。
無論、常連客はそのことを知っており、極力潰れないようにしているが彼らは既に蟻地獄の穴の中であった――。

 08:15 P.M.-

「――さて。では、詳細は判明したのかね?」

既に城の外は夜の世界となり、ほとんどの仕官や王族達は各々の家へと帰り、優雅な夜を過ごし始めている時間。
そんな時間であるにもかかわらず、ジェイムズは自身の執務室の椅子に腰を落としていた。

「はい。調査に入った時間が時間でしたので、物資の入手経路に関しては問い合わせが出来ませんでした。
明日早朝からにでも人を経由して調査したいのですが、朝の商業売買がありますので結果は早くとも明日の日の入り頃になります。

今日のみで判明した事はスピリットが消息を絶った時間及び経路、そして物資の紛失理由に――」

テーブル越しに手元の調査書に目を落として報告をするメラニス。
一旦言葉を切り、手元からジェイムズへと目を上げた。

「それを実行した人物が浮上しました。これはあくまでも状況証拠でしかないことをご了承下さい」

「――十分だ。あの時間から始めてそこまで調査が進んだのならば、文句は無い。
メラニスならば情報部でも精鋭として活躍できるかもしれんな」

「ジェイムズ様…!」

ジェイムズが笑いながら冗談で言っているのは分かっていたメラニスだが、それで少し膨れて抗議の声を上げる。

「いやいや、すまんの。詳細の報告を口頭で頼めるか?」

「…分かりました。報告は先ほどの話した順序で行います」

両者共に顔を引き締め、全てを人民の上に立ち、それに間違うことのないそれへと変わった。

「こちらからのラキオスへの宣戦布告のため、メノシアス様がラセリオへと向かいました。
その段階で既にこのサモドアで駐屯していたスピリット部隊もサモドア山脈の麓へと進行して、待機。
橋頭堡を麓に設置し、メノシアス様が帰還したのと同時に進軍を開始する手筈でありました。

しかし、この段階で今回の件に関する事態も同時に進行していたのです。
橋頭堡の設置の際、複数の兵士達の証言により、スピリット部隊の3部隊が山脈の北へと移動していました」

「山脈の北? リザリオ湖へか?」

「いえ、“山脈内を進みつつ、北へと向かっている”が正確ですね。
その三部隊はあのサモドア山脈を山道を経由せずに山脈内へと進行した様です」

「ならばその後の足取りは掴めない、な」

山脈は渓谷が深い。人間はおろか、スピリットですら探索を行うのは不可能である。

「はい。その部隊に“人間の同行者”がいた事も、話を聞いた塀下は戦闘の作戦か何かだと感じていたそうです。
この同行者が実行した人物と推測できますが、これは後ほど。次に物資の件ですが――」

 08:28 P.M.-

「ただいまー! セリアー、夕食の食材を買ってきたよー!」

バトリ家へと帰ってきた二人。玄関に入ったのと同時に大きな声でウィリアムは愛娘に声をかける。

……
…………

「……………あれ?」

「…いつもは返事が返ってきているのか?」

「そのはずなんですが…手が離せずに声だけ返ってくる事はありますけど、全く返事も無いのは初めてです」

明かりはついているのに、まるで誰もいないような静寂しか帰ってこない事にウィリアムは不思議に思う。

「少し家を空けてるのかな…?」

「いや、居るぞ。居間に気配が――」

「ま、まさか?! セリアに何かあったのでは――!!?」

駆け出すウィリアム。そしてレイヴンはそれを見送りながら言葉を続ける。

「“五つ”存在している。この気配はお前の妻だろう、と言っても既に聞いていないか…」

言葉を区切り、レイヴンも居間へと移動していく。

 08:31 P.M.-

少し遅れて居間へと入ったレイヴンは見たのは微妙に走っている恰好で固まっているウィリアム。
テーブルには夕食である料理の数々。ウィリアムが言っていた通り、料理そのものは質素である。
そして椅子に座っているのはフィリスとリアナにシルス、その対面にセリアだが――。

「――――シリア……帰ってきて――」

「言っておきますけど、私はセリアに会いに来た
だけですからっ!」

シリアは自分の膝の上にセリアを座らせ、力強く宣言。
その言葉にウィリアムは 石化 → 亀裂 → 粉砕 の道を即座に歩んで崩れ落ちた。

「おお〜。これがまさしく玉砕? “くずれ落ちる”〜?」

「フィリス。言うべきタイミングを考えるのも勉強の内よ」

「はーいっ!」

セリアは床に倒れ伏す自分の父親と対面の席の会話に乾いた苦笑いをするしかなかった。

 08:37 P.M.-

「――ですので、それらの物資は通常の運搬方式に沿って運搬されましたが、スピリットに荷馬車ごと預ける結果となりました。
ここで兵士達はスピリットから離れ、その後の荷馬車の行方は回収されるまで誰も知らず手をつけてはいません」

「…なるほどな。避けているのを逆手に取った入手方法。相手はこの事を利用したわけだな」

「その可能性は一番高いと思われます。物資はこの時間内でしか入手する術はありません。
最も、スピリットに渡されてからの時間も長いので、空白の時間帯で他の可能性も示唆できなくもありませんが…」

「スピリットはシグルの管轄であるからな。後日申請して調査協力を取り付けるしかあるまい」

「本当でしたらば、記憶のなるべく新しいうちに聞いておく必要がありますので、明後日中には確実に取り付けます」

「う、うむ。…そう、してくれ」

少し驚きの表情でジェイムズはメラニスを見つめ、メラニスはそれを不審がる。

「…私の顔に何かついているのでしょうか?」

「いや、そうではない。急に頼もしいことを言ってきたのでな。
まさかメラニスからその言葉が聞けるとは思ってもみなかったのでのう…」

「――褒めているようで貶されているように感じますが…?」

「む。少なくとも悪いとは言っておらん。ただな、この調査の間だけで随分と自信が身体と表情に出るようになっている。
こう、近寄り難く、それでいて二周りほど大きくなった存在感が――」

メラニスの身体のラインを本人の身体より少し大きめに下からなぞる様に両手を上げていく。
そして頭に到達した時点でジェイムズの動きはぴたりと止まる。

「…ああー、メラニス? あくまでも成長したという事を言葉と身体で表現しているだけであって、決してメラニスの身体が大きくなったと言っているのではないのだよ?」

「ええ、重々承知して
お・り・ま・す・が …?」

「そ、そう…か?」

「はい」

「そうかそうか。ならば良いのだ、本当に――ははは…」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふ」

乾いた笑い声とバルガ・ロアーから轟くようなメラニスの笑い声が執務室内に響き渡っていく…。

 08:48 P.M.-

「隊長。そろそろなのですが…」

「そうだな。直ぐに哨戒任務に出られるように、各班に通達しておけ」

「はっ」

部下を払い、衛兵部隊長は席を立つ。
書類を読んでいた机の灯火の明かりを消し、部屋を出る。

「やっとのことでバーンライトの戦争が終わってこれからは落ち着けるかと思っていたが…。
首都の本城。いや、ラキオス王直々の命令だ。何かあるのだろうな」

窓から外を見上げる。月が満月の煌々と輝いているものの、分厚い雲が多い夜である。
まるで侵入者の潜入を歓迎しているかのように、いつ真っ暗の夜になるかわかったものではない。

 08:55 P.M.-

「――さて、諸君」

いつもの外ではなく、室内の会議室に衛兵たちを召集。
暗い闇の夜でこうして集うのはバーンライトとの戦闘以外にはなかった。

「既に聞いている者も多く、また不満に思っている者たちも多いことだろう」

夕日が沈むとほぼ同時刻に巡回や雑務に当番ではない者たちは皆、帰路へと立っているはずであった。
だが今、誰一人とて帰っていった者は存在していなかった。王直々の命令のためである。

「しかし、今回全ての者達に残ってもらったのは他でもない。これより夜間の街の哨戒任務を実行するためである」

『『えー…!』』

「なんでそんなことのためにこんな人数……?」

「さぁ? 何かあったのかもしれないよ?」

各々の反応でざわめき出す。ある者たちは予測通りに抗議の声を上げ、知らぬ者たちは疑問の声をささやいている。

「静かにしろ!」

兵を束ねているだけあり、一言で喧騒を黙り込ませた。そして咳払いをひとつ。

「あー。詳細についてはこの私も聞かされてはいない。しかし私たちはラキオスの兵士だ。
本城からの直接の任務であるので、気を引き締めろ」

「――隊長」

「何だ?」

「我々は具体的にどんな哨戒任務を…?」

「これから範囲ごとに班を編成し、各家庭に今日の夜は外出はしないように呼びかける事だ。
侵入者がいるのは知っているだろうが、それに対しての安全策だ」

隊長は一人の質問に答え、会議室中央の大きなテーブルの上に敷かれているラセリオの街の地図を大きく広げる。

「夜という極めて特殊な哨戒だ。浮浪者や酒に酔った野郎とかには注意しろ。
あくまでも人に対しての哨戒では無いのでそれらにはあまり構う必要もない。では班の編成だが――」

 09:12 P.M.-

「シリア? あの、君のためにこれを――」

「………(つーーん)」

「ほらこれ! これなんかどうかな?」

「………(ぷいっ)」

「――あううぅぅ……」

「セリア〜♪ 一緒にお風呂に入らない?」

「え、うん。いいけど〜…」

「じゃ、行こっか♪」


………

「……………(がくっ)」

「――まぁ、とりあえず落ち着け」

夕食に片付け。食後の団欒に夜の楽しい一時という時間という時間の中でウィリアムは果敢に妻であるシリアに話し続けた。
だがそれらはが報われる事は無く、全て無視・無反応を通されていた。

「ネウラさん〜…! 何かいい方法でもないですか〜〜?」

「それ以前に、何故こういう状況になっているのかがわからない」

すがり付いてくる情けない姿の亭主をレイヴンは引き剥がす。

「…聞いてくれるのですか?」

「義務ではないがな」

「ううう〜、聞いて下さいよ〜! 私はマナ研究者にして施設関連の様々な分野での仕事なんですよ。
毎日毎日マナ、エーテル、マナ、エーテル、マナと調査研究で急がしい毎日! それでシリアとセリアとの家族団欒を欠かす事ありませんでした。
でも最近イースペリアでマナ変調が起こってこの街のエーテル関連施設が麻痺して変換施設さえも機能不全!
お陰で欠かさなかった家族団欒が出来ずに徹夜してそのまままた仕事! 私は寂しい日々を過ごし、シリアも寂しがってました」

「――聞いておくが、そこでシリアが寂しがっていると断言できる根拠は?」

「愛です!!!」

「そうか。話の続きを」

「ええ、そのためにですね。同僚である人たちと寝食ともにする時間も多いわけです。
そしてある時、お酒を飲んで絡んできた女性研究員がいたのですが、その人はなんと言いますか、抱き癖があったようで――」

「…そこを彼女に目撃された、と?」

「………はい。それは半月ほど前の事で、着替えや間食の料理を持って来てくれたのですが…。
――丁度鉢合わせしてしまい、運悪く体勢が私がその彼女を押し倒している状態に――」

「家を出て行ったのはいつ頃?」

「ほぼ一週間前に。実家に帰ると手紙と共にシリアに贈ったいつも肌身離さずつけていた髪飾りを仕事中の私に配送してきまして――ううう〜〜」

ウィリアムはテーブルに突っ伏して号泣。
話を端っこで聞いていたシルスは「何で人間はこうもアホなんだろう」と呆れた様子で見つめ、リアナはうんうんとしきりに頷いている。

「ん、がんばれ〜」

唯一フィリスはウィリアムの泣いている背中を優しく叩いて励ましていた。

 09:21 P.M.-

「――すまなかったどうか私の有能なる部下としての面子でお慈悲を」

「では、さっさと最後の報告を済ませましょう」

半刻ほど平謝りをし続けたジェイムズにようやく機嫌を直したのか、メラニスは話を再開する。
ほっと息をついてジェイムズは椅子に腰をかけ直す。…それでも背筋をぴんと伸ばしてしまっていた。

「初めに申し上げた通り、これはあくまでも私的推測です。
私は調べた限りでは、この実行犯は―――ソーマ・ル・ソーマというスピリット訓練士であると思われます」

「――ソーマ…?」

頭に引っかかるモノを感じ、記憶を掘り返す。そしてそう難しくも無く、原因に至った。

「…なるほど。では、そう思えた根拠はどんなモノなのだ?」

「物的証拠は今のところはなく、兵士たちの話から判明した事です。
ソーマという訓練士はスピリット隊長とは何ら接点もないのですが、彼個人でスピリットの特殊訓練に参加していたとの事で進軍に同伴していたそうです。
同伴後の具体的な行動に関しては出撃するスピリット部隊の最後尾で戦闘を観察していたとの事。
ですが、これはあくまでもソーマ本人による報告であり、彼のその行動を監視していた者は誰一人いなかったそうです」

「その間にスピリットを、と? …いや、まだ根拠はあるのですね?」

視線で
「話を腰を折るな」と指摘され、敬語で続きを促す上司のジェイムズ。

「彼が山道へと向かう際に彼が訓練したスピリット編隊を連れていました。
そのスピリットたちの装備に関して一人の兵から奇妙な点を目撃してくれていました。
他のスピリットたちに比べて様々な荷物を背負っていたそうです。
何人かは大きな物を持っていたそうで――その件に関してその当時のスピリット隊長への確認は困難なため、確証は得られません」

バーンライトはラキオスに敗戦を記していてはいない。だが、戦力を完全に削がれた為、スピリット隊長はその責務を負う。
それは即ち、財産の没収及び刑罰――死刑。幸いにもその時の隊長は死罪を免れているが、身分の剥奪によって流浪の身となって消息不明。

「その時の詳言から紛失した物資と酷似をしており、そのスピリット編隊が持っていった様です」

「そのスピリット編隊は戦死した、か」

「はい。帰還の際には数名のスピリットを連れていたそうですが、そのスピリットたちの装備は他と大差が無かった――つまり物資を手放していたそうです。
生き残りのスピリットにも話を聞けた限りでは、その様な装備・編隊は確認できなかったそうです」

「…そうか。確かにその話からすれば可能性は高い。だが――」

「はい。これだけではただの憶測に過ぎません。例え明日に物資の確認を行ない、ソーマ本人に確認を求めたとしても意味はありません」

ジェイムズは手元の調書を見る。そこには紛失した物資のおおよその数と単価。

「物資を横領したにしては必要とした物資はそれほど大きな価値は無く、ましてやそれを糾弾したとしても利益がない。
むしろそれが露見すれば我々の威厳や地位が低く見られてしまう…」

「明日の調査と合わせ、ソーマ本人へと確認を行いますが…それ以上の調査はジェイムズ様が望まれるのでしたら――」

「すまんな、メラニス。これに関しては――」

「承知しました」

ジェイムズに最後まで言葉を言わせず、メラニスは了承した。
上の者が下の不具合を見逃す発言は許されない。それを考慮してメラニスは口を挟んだ。

「…ご苦労だった。今日はもう帰ってよいぞ」

「はい。では失礼します」

ジェイムズに渡していた調書を回収し、メラニスは退室していった。

「………」

椅子から腰を上げ、ジェイムズは星空が暗雲で包まれる空を見上げる。

「メノシアス。お前のあの時の言葉はどうやら杞憂ではなかったのだな…」

 09:41 P.M.-

「――あなた。さっきあの子が言っていたことなんですが…」

「わかってる。きっとそれはスピリットに違いない。まさかあの一家が――」

とある一軒家で夫婦は話し合っていた。子供は既にベッドで寝静まり、大人達の時間。
だが、食事中に子供からとある質問をされてそれどころではなくなってしまったのである。

「髪と瞳が“青”と“緑”、それにもう一人が黒だったそうだが、きっとスピリットだ。間違いないぞ」

「そうね、どうしましょう。こんな重大なこと、早く兵士さんたちに知らせなきゃ!」

「ああそうだな。今からでも直ぐに――」

どんどんどん!

玄関の扉を強く叩く音。夫婦がそちらを見ると、外から声がしてくる。

『軍の者だ。本日未明にちょっとした危険が及ぶとの事なので、今夜は家を出ない事を伝えに来た』

「あ、あなた!」

「ああ!」

妻に促された夫は玄関の扉に手をかけた――。

 09:47 P.M.-

「――それでですね。シリアは私が駆け出しの頃からの心の支えとなっていつもいつも寄り添ってくれていたのですよ。
朝・昼・晩と欠かさずご飯を作ってくれたり、食後のお茶もまさに私好みの味に調節されているのでまさに絶品!
お茶の腕前と言ったらそれはもう――」

初めは状況説明だったウィリムは、話を己が妻の自慢話へと移行。
先ほどから口を挟ませまいと言わんばかりの話をしっぱなしである。
そして今は自分がマナ研究者の世界へと入った時の妻の甲斐甲斐しさを暴露中。

「……ねぇ、あれっていつのなったら終わるの…?」

「さて、な」

シルスの問いに、レイヴンは先の見えないために曖昧に返答していた。

「聞いています、ネウラさん?」

「聞いている」

まだ話は続くのであった。

 09:54 P.M.-

「隊長! 5班から侵入したスピリットと思しき情報が入ってきました」

「何、本当か?」

兵舎の会議室で地図と睨めっこしていた部隊長の下に吉報が舞い込んだ。

「子供がその様な事を言っていたと、先ほど見回りの際にとある夫婦から得られたそうです」

「それで、その情報はどんなのだ?」

「はい。知り合いの家にスピリットと思われる子供がいたのを見たそうです」

「くそっ、協力者が居たのか!? その家は何処だ?」

匿われているとは盲点を突かれ、部隊長は舌打ちをした。

「はい。その――住宅街の端にある少し大きな一軒家だそうで…」

そしてそれは驚きの表情へと変貌する。

「バトリ家――ウィリアム・バトリ一家の家だと…!?」

「…はい。その様です」

つい昼間に会い、その娘とも会っていた部隊長は思わず歯噛みをする。

「――その情報は確かだと、お前は思うか…?」

「…確証は持てませんが、そうあるのですから一度は調べるべきかと」

 09:59 P.M.-

「…そうだな、その通りだ。待機中の二つの班を呼べ、バトリ家へと向かう。
残りの班は抜けた班の穴埋めを。お前が指揮の代行を務めろ」

「はっ!」

「では、私は向かう準備をする」

部屋を出て行く部隊長の表情には、苦悶の色が濃かった…。


 10:00 P.M.-




作者のページに戻る